高山村 尻高人形

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尻高人形

 人形浄瑠璃「尻高(しったか)人形」は、高山村を代表する文化のひとつです。一人で人形を動かす「一人遣い」は国内でも珍しく、日本独特の「人形」「浄瑠璃」「人間」の三者一体でかもし出す、素晴らしい民俗芸術です。毎年11月23日には、定期公演を行なっています。
 「尻高人形」は、一人遣いの人形で、義太夫節に合わせて演じられます。遣い手は左手を人形の衣装の背中に差し込み、頭を支えるサシ(心串)を操って、眉・目・口を動かします。右手では2本の「差し金」を使って、人形の両手を動かします。一人遣いには珍しく、両手の可動範囲が広いのが特徴です。
 この人形は、名古屋で活躍した人形芝居の一派「豊松流」の流れをくむ、豊松伝三が尻高に滞在し、村人に人形の遣い方を教え、道具一式を置いていったことで始まったと伝えられています。通称「伝サン人形」と呼ばれ、村人に親しまれ、幕末から明治にかけて盛んになったといわれています。

 記録資料としては、明治19年(1886年)、豊松伝三が尻高字火之口の山田与平に与えた免状というものがあります。与平は「豊松与伝次」と名のり、「豊松座」を結成し、積極的に上演活動を行ないました。
 しかし一時衰退した時期もあり、昭和8年(1933年)には道具類が売りに出されましたが、これを買い戻し、座名を「錦松会(きんしょうかい)」と改め、復興に努力しました。その後は、大戦中も年間4〜5回の上演の機会があり、戦後はいち早く復活し、現在も活動を続けています。
 現在は、「尻高人形錦松会」として、頭(かしら)31体、衣装約200点を保有しており、「生写朝顔話/宿屋より大井川の段」など11演目を上演することができます。
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